17歳、高校生、女。
それが、とりあえずの私を表す言葉だろう。
風変わりな叔父を持つものの、案外平凡な生活を送っていると自負している。
名前。
個体を識別する以外、特に意味のないもの。
…いや、あるか。
「自分を自分と認識するもの、か…―――」
呟いて、うん、と頷く。
「所詮虚言だけどね。」
世界は偽りで満ちている。
そんな中で名前など一体何と定義しろと言うのだろうか。
第一、私は"虚言使い"なのだ。
私の言葉は偽りとなり、そしてまた真実ともなる。
それが私の一族の家系というものらしい。
よくは知らないが。
さて、と私は目的の場所にたどり着いて足を止めた。
目的の場所、つまりは私が歩いていた理由である。
京都区北区衣笠にある、私立鹿鳴館大学。
まだ高校生の私には微妙に縁のない場所。
学校見学でも無い限り来ることはないだろう。
ポケットの中に入れておいた携帯が鳴る。
ナイスタイミングだ。
その携帯は私のものではない。
まあ、拾ったのだ。
そしてここに来たのは、その持ち主に届ける為である。
着信を見る。
公衆電話。
このご時世に公衆電話なんてレトロ(になりかけ)なものがあるのかと妙に感心する。
そうして、通話ボタンに手を伸ばした。
ピッ
ボタンを押してから、そういえば持ち主からじゃなかったらどうしようとか思った。
まあいいや。
「もしもし。」
『自分の携帯じゃないのに出るの早いね、君。僕じゃなかったらどうしてたんだい。』
電話の向こうからそんな声。
この携帯の持ち主に間違いない。
なんというかこう、やる気が考えられないところとか。
失礼なことを思いながら、電話の主に答える。
電話の奥からはがやがやという話し声が聞こえてくる。
丁度講義が終わったのだろう。
「別にどうも。携帯を拾った者ですとでも答えておきますよ。」
『…。君、変わってるね。』
電話の向こうが一瞬沈黙して、再びあのぼんやりとした、けれどすっと届く声が届いた。
変わってるのはこの携帯の持ち主だと思うのだが。
まだ二度目の電話なのにそう思う。
『今講義が終わったんだけれど。』
「の、ようですね。てかあれです。私もう大学の前まで着いちゃったんで、門のところで待ってますね。」
『ああ、そう。』
どことなく投げやりな声。
この人はきっと自分の生活とか、人生だとかも投げやりなんじゃなかろーかとか思う。
『すぐ行くよ。』
「はい。あー、ツインテールなんですぐわかると思います。」
私の言葉にこの携帯の持ち主はわかったとだけ返事をして電話を切った。
ふと、私は彼の名前を知らないということに思い至る。
別に知らなくとも携帯は返せるし、先程のように会話も可能なのだが。
私が知っている、この携帯の持ち主の情報は僅かだ。
例えば男であるとか、大学生…この鹿鳴館大学の生徒であるとか。
あまり物に執着していなそうだとか、全てにおいて何処か投げやり感があるだとか。
そんなことくらいだ。
この携帯の中身でも見れば何かあるかもしれないが…きっと個人情報の何も登録されては居ないだろう。
元々、私が携帯を拾ったのも、この携帯に彼が電話を掛けていたからに他ならないし、その電話に誰も出なかったら彼はあっさりと違う携帯にするつもりだったそうだから。
ああでも、と考える。
それだけ知っていれば十分なのではないだろうか。
性別、年齢層、そして性格の一部。
名前を知らないというだけで、その情報はいわゆるオトモダチとの情報と何が違うというのだろう。
「…それもまた、虚言か。」
「え?」
呟いた言葉に、彼の声。
あれ、と思って顔を上げると、不思議な表情を浮かべている携帯の持ち主…と思われる青年が立っていた。
何が不思議なんだろうと首を傾げ、まあいいやと自己完結する。
「携帯の持ち主さんですか?」
「あ、うんそう。」
「で、さっきのえ?ってどうかしたんですか?」
携帯を渡しながら訊ねる。
あ、しまった。自己完結したはずだったのに。
「僕の口癖に似てたから、つい。」
口癖。
そういえば、鹿鳴館に行くと告げた時に叔父が何か言っていたような気がする。
「あなた、もしかして戯言遣いの人ですか。」
疑問系ではなく、ほぼ断定。
どうりで普通の人より気にかかると思っていたのだ。
ちょっと驚いている風な彼…戯言遣いさんに、とりあえずにこりと笑う。
「初めまして、虚言遣いです。」
「虚言…遣い。ええと、初めまして。」
まだ混乱しているらしい戯言遣いさんに、首を傾げる。
変わってるけど、変わってないような、微妙な感覚。
日常と非日常の間のような。
非日常であるのに日常を装っているような。
「携帯を拾ったのも何かの縁ですし、これからお茶でも如何ですか?」
面白そうだ、と思ったのが本音で。
だから、唐突に言った私の言葉に、彼は目を瞬かせた。
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